物語雳
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·読了目安 22分主役

やさしい竜の日常

戦いを望まぬ一頭の竜が、丘の洞窟で静かに暮らす日々。騎士との対決を前に、竜は詩と対話で村人の心を動かしていく。

一 丘の住人

村はずれの丘に、洞窟がひとつあった。かつては羊飼いが雨宿りに使うだけの、なんの変哲もない穴だったのだが、ある春の朝、そこに一頭の竜が住み着いた。

住み着いた、というのは正確ではないかもしれない。竜自身の弁によれば、彼はこの丘を「見つけた」のであり、「選んだ」のであり、何より「気に入った」のだという。南向きで陽当たりがよく、洞窟の奥には清らかな湧き水があり、周囲には彼の好物である野苺と、詩想を練るのにちょうどいい静けさがあった。

その竜は、およそ竜という生き物に期待される性質のほとんどを欠いていた。人を襲わない。家畜を食べない。火を吐くことはできたが、それは専ら焚き火の火起こしと、雨の日に洞窟を暖めるためだけに使われた。彼の日課は、朝は日向で丸くなって背中を炙り、昼はうたた寝をし、夕方になると洞窟の入り口に座って詩を吟じる、というものだった。得意なのはソネットで、韻律に凝りすぎて意味が通らなくなることもしばしばだったが、本人はいたって満足そうだった。

丘の中腹に住むアナグマの老人だけが、この竜のよき隣人であり、話し相手であった。アナグマは長年この丘に穴を掘って暮らしており、竜が越してきた当初こそ警戒していたものの、じきにその温厚な人柄——竜柄というべきか——を知り、時折り茶を飲みに洞窟を訪れるようになっていた。

「困ったことになるぞ、お前さん」

ある夕暮れ、アナグマは竜の隣に腰を下ろしながら言った。

「村の方で、竜が出たと大騒ぎしている。鍬や熊手を手にした連中が、お前さんを退治しようと息巻いているそうだ」

竜はふうっと小さくため息をつき、詩作の手——正確には尾の先で地面に書きつけていた文字——を止めた。

「私が何をしたというのだね。誰の羊も取っていないし、誰の畑も踏み荒らしていない。強いて言うなら、月夜に少々大きな声で吟じすぎたかもしれないが、それは芸術上の必然というものだ」

「連中にとっちゃ、竜が丘にいるというだけで十分な理由なのさ。物語というのは、そういうふうにできている」

アナグマの言葉に、竜は物憂げに首を振った。

二 少年の来訪

その数日後、洞窟の入り口に小さな人影が現れた。麓の村に住む、羊飼いの息子だった。竜を退治すると息巻く大人たちを尻目に、少年はただの好奇心から丘を登ってきたのだった。

少年はもともと、村の子供たちの中でも変わり者と見られていた。他の子らが剣ごっこや石投げに興じる中、彼だけは丘や森をひとり歩き、鳥の巣や珍しい石を集めては、誰に見せるでもなく大切にしまい込んでいた。大人たちからは「夢見がちだ」とよく言われたが、本人はそう言われるたびに、むしろ誇らしい気持ちになるのだった。だから、丘に竜が現れたという噂を聞いたとき、恐怖よりも先に、抑えがたい好奇心が胸を満たしたのも無理はなかった。

「本物の竜だ」

少年は洞窟の陰からそっと顔を覗かせ、目を丸くした。竜のほうも、突然の来訪者に驚いて身を起こしたが、少年が武器の類を何も持っていないことに気づくと、すぐに警戒を解いた。

「お茶はいかがかね。ちょうど淹れたところなんだ」

竜は前脚で不器用に茶器を扱いながら、少年を招き入れた。洞窟の奥には、竜が長年かけて集めた詩集や巻物が積み上げられ、暖炉の火が心地よく揺れていた。竜退治にやってくる怪物の巣というよりは、隠居した学者の書斎といった趣であった。

「みんな、竜は恐ろしい生き物だって言うけど」

少年が湯気の立つカップを受け取りながら言うと、竜は苦笑まじりに答えた。

「恐ろしい竜もいるのだろうさ、きっと。だが私は、戦うくらいなら詩を作っていたい。血を見るのは好かんし、そもそも争いというもの自体が、私の趣味に合わんのだ」

それから二人——少年と竜——は、日が傾くまで語り合った。竜は少年に自作の詩をいくつか聞かせ、少年は村の噂話や、自分が読んだ本の話を聞かせた。少年は特に、竜が語る古い戦記や騎士道物語に目を輝かせた。竜自身は戦いを好まぬくせに、そうした物語の筋立てや修辞には人一倍詳しかった。

「今度また来てもいい?」

夕暮れ、少年が丘を下りる前に尋ねると、竜は目を細めて頷いた。

「もちろんだとも。次はビスケットも用意しておこう」

三 迫る騎士

だが、少年の訪問だけで事態が収まるほど、村人たちの不安は単純ではなかった。竜が出たという噂は近隣の町にまで広がり、ついには遍歴の騎士——聖ジョージと名乗る、名高い竜退治の使い手——を招くという話にまで発展してしまった。

少年がそのことを知ったのは、村の広間で大人たちが額を寄せて相談しているのを、たまたま立ち聞きしたときだった。

「聖ジョージ様がこちらへ向かっておられるそうだ」

「ついに丘の竜も退治されるか」

「めでたいことだ、めでたいことだ」

少年は血の気が引く思いだった。彼にとって丘の竜は、もはや恐ろしい怪物ではなく、お茶と詩を愛する変わり者の友人だった。その友人が、名だたる騎士に討たれようとしている。少年は矢も盾もたまらず、丘へと駆け上がった。

「大変だ、大変だよ! 聖ジョージが、あの、竜退治で有名な騎士が、あなたを倒しにくるんだ!」

息を切らして報告する少年に対し、竜の反応は拍子抜けするほど穏やかだった。

「ああ、ジョージ君か。彼のことなら噂に聞いている。なかなかの詩人でもあるそうじゃないか」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよ! 戦うつもりなの?」

「戦う? まさか」

竜は心底うんざりしたように鼻を鳴らした。

「爪を研いだこともなければ、突撃の稽古をしたこともない。そもそも私は、誰かと本気で戦うために生まれてきたわけではないのだ。ただ、困ったことに——世間というものは、竜と騎士が出会えば必ず戦わねばならぬと思い込んでいる。物語の型がそうなっているからな」

少年は洞窟の中を落ち着きなく歩き回りながら、なんとか竜を説得しようとした。

「逃げればいいじゃないか。もっと遠くの、誰も知らない山へ」

「逃げてどうする。次の丘でも同じことの繰り返しだ。それに、正直に言えば、私はこの丘が気に入っているのでね。湧き水も、日当たりも、苺の茂みも、ここでなければ手に入らんのだ」

竜はそう言うと、少年に向かって静かに笑いかけた。

「なに、心配することはない。私に少し考えがある」

四 聖ジョージ、丘を訪れる

翌日、鎧を鳴らしながら、聖ジョージが丘のふもとに姿を現した。名にし負う竜退治の騎士は、しかし想像していたような血に飢えた戦士ではなく、むしろ疲れた顔をした中年の男だった。長年にわたり各地の竜や怪物と渡り合ってきたが、近頃はどうにも、この仕事に嫌気が差し始めているようだった。

聖ジョージの旅は、もう二十年以上も続いていた。若い頃は、竜を討つたびに歌にまでなり、行く先々の宿場で酒をおごられたものだった。だが歳月とともに、依頼はいつしか義務のようなものに変わっていった。ある村では、実際には人畜に何の害も及ぼしていない年老いた竜を、単に「気味が悪い」という理由だけで討ってくれと頼まれたこともある。断ろうとしたが、村人たちは「聖ジョージほどの騎士が怖気づいたか」と囃し立て、結局は剣を抜かざるを得なかった。あの夜のことを、聖ジョージは今でも時折り思い出しては、胸の奥に小さな痛みを覚えるのだった。

だからこそ、今回の依頼を受けたときも、聖ジョージの足取りは重かった。丘の竜が本当に村を脅かしているのか、彼自身にも確信が持てなかった。従者にも先に休むよう言い含め、たった一人で、剣を鞘に収めたまま丘を登ってきたのは、そうした逡巡の表れでもあった。

少年は勇気を振り絞り、丘を登ろうとする騎士の前に立ちはだかった。

「待ってください、聖ジョージ様。丘の竜は、悪い竜じゃありません」

騎士は少年をじっと見下ろし、それから深いため息をついた。

「坊や、竜が悪いか悪くないかは、この際どうでもいいのだ。村の者たちが竜退治を望み、私に依頼をした。それが私の仕事だ」

「でも、本当に、誰も傷つけていないんです。詩を作って、お茶を飲んで、それだけの——」

「詩を作る竜、か」

聖ジョージはふと足を止めた。その声には、皮肉ではなく、どこか懐かしむような響きがあった。

「わしも昔は、詩というものに凝った時期があったよ。もっとも、剣の腕のほうが評判になってしまい、いつしか詩の話などする暇もなくなったがね」

そこへ、当の竜が洞窟からのっそりと顔を出した。騎士と鉢合わせても、逃げも隠れもせず、むしろ興味深そうに近づいてくる。

「これはこれは、高名な聖ジョージ殿。噂はかねがね。あなたの遠征記、特に東方の巨人退治のくだりは、韻律の運びが実に見事でしたな」

「な——竜が、わしの書いたものを読んでいるのか」

聖ジョージは面食らった様子だった。竜と剣を交えるつもりで丘を登ってきたはずが、開口一番、自作の詩について語られようとは思ってもみなかったのだろう。

三者——竜と騎士と少年——は、そのまま洞窟の前に腰を下ろし、思いがけない歓談の時間を持つことになった。竜は自慢の茶を振る舞い、聖ジョージは長年の遠征で見聞きした話を語った。話すうちに、聖ジョージもまた、心の底では血なまぐさい戦いに疲れ果てていることが明らかになっていった。

「正直なところ」と、聖ジョージはカップを傾けながら打ち明けた。「わしとて、平和に暮らす竜を無理に殺したいわけではない。だが村の者たちは、わしが丘に登った以上、何か華々しい戦いの結末を期待しておる。手ぶらで帰るわけにはいかんのだ」

竜はゆっくりと頷いた。

「その気持ちはよくわかる。物語には型があり、聴衆はその型を求める。まったく厄介なことだ」

しばしの沈黙のあと、竜の目がきらりと光った。

「では、こういうのはどうだろう」

五 芝居の筋書き

竜が語ったのは、次のような計画だった。

村の広場で、聖ジョージと竜が、多くの村人の見守る中で「決闘」を行う。剣戟の音、竜の咆哮、砂埃——すべてが本物さながらに演出される。そしてクライマックスで、聖ジョージの剣が竜の急所を貫き、竜は仰々しく倒れ伏す。村人たちは待ち望んだ英雄譚の結末を目にし、聖ジョージは名誉を得て次の依頼へと旅立てる。

「そして、私はしばらく死んだふりをしたのち、夜更けにこっそり起き上がり、誰にも見つからぬよう別の谷へ移る、という筋書きだ」

竜が締めくくると、少年が慌てて口を挟んだ。

「でも、それじゃあ、もうこの丘には住めなくなっちゃうじゃないか」

竜は困ったように鬚——竜にも鬚のようなものがあった——を撫でた。たしかに少年の指摘は正しい。死んだことにした竜が、翌日から何食わぬ顔で同じ丘に住み続けるわけにはいかない。

しばらくの沈黙のあと、口を開いたのは意外にも聖ジョージだった。

「ならば、こうしよう。決闘の後、わしがこう宣言するのだ——『この竜は深く悔い改め、二度と村を脅かさぬと誓った。ゆえに、わしはこの者の命を助け、これを我が監視下に置くこととする』とな。竜退治の物語としては些か型破りだが、慈悲深い騎士の物語としては、むしろ箔がつく」

「命を助ける、という筋書きか。悪くない。だが、村人たちは納得するだろうか」

「納得させるのが騎士の仕事よ。伊達に長年この稼業をやっておらん」

聖ジョージはそう言って、初めて丘に登ってきてから見せる、ほんとうの笑みを浮かべた。

少年もまた、この案に大いに賛成した。これならば竜は死んだふりをする必要もなく、堂々とこの丘に住み続けられる。ただし——聖ジョージが釘を刺したように——決闘の場面だけは、村人たちが十分に満足するよう、思い切り派手に演じねばならない。

「派手な演出というのは望むところだ」

竜は嬉しそうに尾を振った。

「なにしろ私は、詩においても常々、控えめな表現より大仰な修辞を好んできたのでね」

六 広場の決闘

決闘の日、村の広場には近隣からも人が押し寄せ、ちょっとした祭りのような騒ぎになった。露店が並び、子供たちは肩車をせがみ、老人たちは口々に「わしが若い頃には、もっと恐ろしい竜がいたものだ」と語った。

やがて丘の方から、地を揺らすような足音とともに竜が現れると、広場は一斉にどよめいた。竜は事前の打ち合わせどおり、精一杯おそろしげな唸り声をあげ、尾を振り回して土埃を巻き上げた。本人いわく「悲劇の一幕にふさわしい荘厳な入場」とのことだったが、実のところ、彼は内心すっかり興に乗っていた。

聖ジョージが馬にまたがり、槍を構えて進み出る。日差しを浴びて鎧が輝き、群衆から歓声があがった。

「怪物よ、この地を騒がせし報い、受けるがよい!」

聖ジョージの声が広場に響き渡る。竜は打ち合わせどおり、大げさに後ずさりながら咆哮を返した。

「ぬう、聖ジョージ、その槍、なかなかの業前と見える!」

二人は広場を縦横に駆け巡り、剣がきらめき、竜の爪が空を切った。実際には互いに急所を外し、傷ひとつ与えぬよう細心の注意を払っていたのだが、傍目にはまさに死闘そのものであった。少年は群衆の最前列で、手に汗握りながらもその筋書きを知る唯一の観客として、思わず笑いをこらえるのに苦労していた。

そしてついに、聖ジョージの剣が竜の脇腹——あらかじめ示し合わせた、鱗の分厚い箇所——に打ち込まれる。竜は苦悶の声をあげ、これ以上ないというほど仰々しく地に倒れ伏した。

広場はしんと静まり返り、それから割れんばかりの歓声に包まれた。

七 慈悲深い騎士

しかし、聖ジョージはすぐさま勝利の雄叫びをあげはしなかった。彼は剣を鞘に納め、倒れた竜の前に静かに膝をつくと、群衆に向かって朗々と語りかけた。

「村の衆よ、聞くがよい。この竜は敗れ、今、わしの慈悲にすがっておる。この者は誓った——二度とこの地の民を脅かさず、争いを望まず、ただ静かに丘に暮らすとな。ゆえにわしは、この竜の命を奪わず、これよりこの丘の守り手として、わしの名において留め置くことにする」

群衆はざわめいた。血なまぐさい結末を期待していた者もいれば、その意外な慈悲深さに感動する者もいた。だが聖ジョージの名声と弁舌をもってすれば、たいていのことは丸く収まるものである。

「聖ジョージ様がそう仰るなら」

「たしかに、これまで誰かが実際に食われたという話も聞かんしな」

「慈悲深き騎士の物語として、後世まで語り継がれるであろうよ」

村人たちは口々にそんなことを言い合いながら、次第に納得し、やがては竜の「改心」を祝う空気にすら変わっていった。

倒れていた竜は、頃合いを見計らってゆっくりと身を起こした。恐る恐るといった様子を装いながら、聖ジョージに向かって深々と頭を垂れる。

「聖ジョージ殿の慈悲に、心より感謝申し上げる。これよりは、二度と剣を交えることのなきよう、静かに暮らすと誓おう」

その芝居がかった台詞回しに、少年は思わず噴き出しそうになり、慌てて口を押さえた。

八 宴の夜

決闘の興奮も冷めやらぬうちに、村では急遽、祝宴が開かれることとなった。竜退治——正確には竜の「改心」——を祝う宴に、竜自身も招かれるという、村始まって以来の珍事であった。

篝火が焚かれ、樽から酒が振る舞われ、村の楽師たちが即興の歌を奏でた。竜は最初こそ遠慮がちに広場の隅に座っていたが、聖ジョージに促されるまま輪の中心に招かれ、やがて求められるままに自作の詩を披露することになった。

竜が選んだのは、彼が長年温めてきた自作の一編——丘の四季を歌った長詩だった。春には苺の花が咲き、夏には湧き水が涼を運び、秋には木の実が転がり落ち、冬には星々が洞窟の入り口から見渡せる、というその詩を、竜は普段の朗読よりもいくぶん抑えた声で、ゆっくりと歌い上げた。篝火の爆ぜる音と、竜の低く響く声だけが広場を満たし、酔いに任せて騒いでいた村人たちも、いつしか静まりかえって耳を傾けていた。

「これは驚いた」

竜の詩を聞いた村の長老が、目を丸くして呟いた。

「まさか竜が、これほど見事な韻を踏むとは」

「聖ジョージ様の教育の賜物であろうよ」

村人たちは口々にそんな噂を立てたが、実のところ竜は生まれついての詩人であり、聖ジョージが教えたことといえば、せいぜい多少の押韻の技法くらいのものであった。しかし聖ジョージ自身も、その誤解を訂正するどころか、むしろ満足げに頷いていた。慈悲深く、教養もある騎士——その評判は、次の依頼にもきっと役立つことだろう。

少年は宴の隅で、竜と聖ジョージが並んで杯を交わす様子を眺めながら、なんともいえない満足感に浸っていた。血の一滴も流れることなく、誰も傷つくことなく、村は待ち望んだ英雄譚を手に入れ、竜は変わらぬ日常を取り戻した。

「これでよかったのかな」

少年がぽつりと呟くと、隣に座っていたアナグマの老人が、杯を傾けながら答えた。

「よかったも何も、これ以上の結末があるものかね。誰も死なず、誰も泣かず、それでいて村の者たちは満足している。物語というのはな、坊や、時にはこうして、みなが望む形に少しばかり手を加えてやる必要があるものなのさ」

九 それから

聖ジョージは数日を丘の村で過ごしたのち、次なる遠征——今度は北方の湖に住むという水の怪物の噂を追って——旅立っていった。別れ際、彼は竜に向かってこう言い残した。

「もしまた、退治してほしくない竜の噂を耳にしたら、まずはその竜が茶を淹れられるかどうか、確かめることにするよ」

竜は満足げに笑い、丘の入り口までその背を見送った。

それからというもの、丘の竜と麓の村との間には、奇妙な——しかし穏やかな——関係が続いた。子供たちは怖がるどころか、竜の洞窟へ詩の朗読を聞きに登ってくるようになり、大人たちも時折り、季節の野菜や果実を手土産に丘を訪れるようになった。竜のほうも、村祭りの折には得意のソネットを披露し、いつしか村になくてはならない、ちょっと変わった隣人として受け入れられていった。

少年は大人になっても、しばしば丘を訪れては、竜と共にお茶を飲み、詩を語り合った。彼が誰かにこの物語を話すたびに、決まってこう付け加えるのだった。

「本当の勇気っていうのは、剣を振るうことじゃなくて、争わずに済む道を見つけることなんだと思うよ」

丘の竜は、今日もまだ、あの洞窟で日向ぼっこをしながら詩を紡いでいるという。

あとがき

やさしさが臆病と誤解される時代に、この竜は「戦わない」という選択を貫いた。彼の武器は爪でも炎でもなく、言葉と機知、そして何より、争いを望まぬ者どうしが手を取り合うための「筋書き」を作り出す想像力だった。

聖ジョージという、本来ならば竜を討つべき立場の騎士もまた、暴力ではなく物語の力によって、村と竜との間に平和をもたらす役回りを演じた。この物語が示すのは、対立する者同士が互いの体面を保ちながら、血を流さずに和解する道を選べるという、ささやかな希望である。


本作はKenneth Grahame(ケネス・グレアム)の The Reluctant Dragon を参考にした翻案作品です。

本作はKenneth Grahameの『The Reluctant Dragon』を参考にした作品です。原典